私の尊敬する侍のひとり土方歳三。
三年前まで、私は土方歳三のようなポジションでグループをまとめる人になりたいと考えていました。
そんな彼の人柄がわかる資料が一つみつかったそうです。
組織運営はいつの時代も大変だ。
新撰組の土方歳三、宿所拡大や資金要求 西本願寺で記録発見
2014/9/2 21:46 日経新聞
浄土真宗本願寺派(西本願寺、本山・京都市)は2日、江戸時代末期に西本願寺に駐屯した新撰組の副長・土方歳三が組を代表して、寺に活動資金500両(現在の約2億円に相当)を無心したり、宿舎スペースの拡大を要求したりしていたことを示す記録を発見したと発表した。
猛暑に苦しんだ新選組の土方歳三が、西本願寺に阿弥陀堂を貸すよう求めていたことを記した寺側の記録(2日、京都市下京区)=共同
本願寺史料研究所が保管する記録「諸日記」などから判明した。新撰組が西本願寺に駐屯したのは1865年3月10日から67年6月15日(いずれも旧暦)まで。
記録によると、西本願寺に駐屯し、まもなく資金500両の拝借を申し出た。寺が200両、残りを出入りの商人らで分担し、用立てた。
境内北にあった北集会所(きたしゅうえしょ)に隊士約200人が寝泊まりしていたが、65年6月には「手狭なうえ、炎暑のあまり体調を崩すものが続出し、苦情を抑えきれないので、阿弥陀堂の一角50畳ほどをお借りしたい」と求めた。
寺は聖域でもある阿弥陀堂は貸せないため、代わりに北集会所の板敷きに畳を敷き、南北の壁を撤去するなどして応えた。
同研究所の大喜直彦上級研究員は「幕府の方針変換に翻弄され、新撰組分裂の危機に追い込まれながら、資金繰りや境遇改善に腐心する土方の現場指揮官としての苦悩がうかがえる」と話す。
産経新聞東京版2014.9.3
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